
詳細説明
この甲冑は、1922年に卸売業者 エム・エンデシュ(M.Enders)の遺言により、博物館に寄贈された。博物館の1922年の登録にはこうある。「甲冑は、エンジニアのブラッフにより、1880頃に日本からノルウェーに運ばれたといわれている。」ブラッフがこの甲冑をどこから入手したのかは分からない。
家紋はないが、兜の鉢の裏地の裏には、漢字が5文字見られる。:因州(因幡国)之住 NAGA (兜の裏地に隠れて良く読めない)。多分、こうではないかと推測される:「因幡に住んでいる、名匠NAGA」
塗りにいくらかの損傷は見られるものの、装飾の細部や、各部分すべてが呼応しており、脛当ては例外かもしれないが、本来の形を留めている具足と判断される。
兜
兜の鉢は筋鉢。12枚の三角形の板からなっており、継ぎ目は頂点の穴、天辺に向かっている。この穴は、5層からなる真鍮と銅でできた取り付け台天辺金物に囲まれている。天辺から4つの帯状の真鍮伸びて矢先のような尖がりが付いた飾りがある。この飾りは、篠垂(しのだれ)と呼ばれるものだ。兜の後ろ側には、揚巻の付いた輪がある。
首の防御は四枚の黒く塗られた板で上の縁は波型になっている。組み紐は上部2枚が灰色(もとは白色)、下部2枚が緑、最下部は赤と複数色の組みひもが一列づつ。
上部の板は二つの吹返しとして伸びており、前庇は型染された革で覆われている。前庇には3つの真鍮の釘があり、今は失われた兜の家紋を固定するものである。
兜の内側は美しく作られている。前庇は真紅、茶褐色の裏地に軽いlame
錦地が淵に沿って張られている。首の保護の上部の4枚の板は艶のある銅色で塗られ、5枚目は赤兜前庇のように深紅に塗られている。
銘: 兜の鉢内側の後方に、漢字が5つ彫られている。因州住NAGA(おそらく、因幡の国の住人NAGAxxx)であろうと推測されるが、裏地を傷つけずに読むことが難しい。「因幡の住人の銘匠」か。

(George Alexis Pantos)
詳細画像
面頬
劣勢面、取り外し可の鼻がついている。鉄製で、錆塗、灰色の口髭、赤い唇、銀色の 歯。内側は光沢のある赤。喉保護は、3枚の黒く塗られた板で兜と同じように組み紐 でつながれている。
胴
この胴は、仙台胴といわれるもので、あまり見かけないものである。10枚の縦長の黒く塗られた鉄板でできている。胸板は3枚の板が飾り鋲で繋がれており、一枚の板が両側の腕の下に紐で繋がれている。中央の板には際立った隆起線が真央に沿って見られる。背板も似た作りであるが隆起はない。これらの板に加えて、色塗りと型染の革が正面、型染された革が脇、背に使われている。全ては主な板に紐で繋がれており、全部真鍮の枠が付いている。
背板には2つの鉄製の腕木が上下にある。上部は四角い真鍮製の管で戦旗を指すものである。肩紐には、保護用の小袖が付いている。これは、3枚の着色された革で、組み紐で繋がれている。
草摺:各5枚の黒く塗られた革板で作られた7つの草摺がある。それぞれの上部は波型の縁で、兜や面と同じように灰色(白)、緑、複数色と赤の組み紐で繋がれている。これらは、胴に角製のボタンで留められている。
袖
6枚の黒い板で上部の縁は波型、他の部分と同じように黒く着色され組み紐で繋がれている。綿の裏地。
袖
同上
小手・籠手(こて)
鉄製の黒く塗られた板と、楔帷子が青い錦地の上に取り付けられている。上腕は瓢箪型をした板、肘部分は花形の板、下腕部分は5枚の縦長の四角い板からできている。掌と親指も形に添った板で出来ている。木綿の裏地。

小手・籠手(こて)
同上
脛盾・膝甲・佩盾(はいだて)
4組それぞれ15枚の黒く塗られた革板、緑の組み紐、下方は複数色、白と赤の組み紐、全て錦地の上に取り付けられている。
脛当・臑当・髄当(すねあて)
長い3枚の板と短い2枚の縦長の四角い板が楔帷子で繋がれている。全ては青い錦地に繋がれている。裏側は明るい茶色の革。
脛当・臑当・髄当(すねあて)
同上