
詳細説明
この甲冑は、装飾美術博物館から1957年に民俗博物館に贈られてきた、とある。これはオスロの装飾美術博物館と推測される。来歴については、この事しか分かっていない。
兜は創りが際立っている。32枚の板から出来ている。それぞれの板に、13の鋲が付いており、それぞれの一番下の部分に花形の座金がある。これは、星鉢と言われるタイプの兜である。
鋲は主に装飾として付いているのだが、強度を強める働きもしている。錏に付いた吹返しには、四つ桝の家紋が付いている。兜の正面の前立は赤い目の金メッキされたウサギ。日本では、ウサギは戦場での速足と子沢山のシンボルとして使われた。
籠手にも兜と同じ家紋が付いている。これは「四ツ目」と言われ、多くの武家で使われていたが、大名クラスも含まれている。
兜
均等な32枚の3角形の板出てきており、頂上の天辺の穴の周りに向かって集まっている。各板の13の鋲には花形の座金が兜に接する面にある。星鉢の兜と言われるものである。黒に近い焦げ茶に塗られている。前庇は型染された革で覆われており、鉄製の前立てを受ける台が付いている。
頂点の穴は5層の真鍮と銅で出来た天辺金物で囲まれている。
錏: 五枚の鉄板から成り、外側は錆塗り、内側と外側の縁は艶やかに塗られている。板は紺色の組み紐で繋がれており、一番下の板は錆塗りの上に金模様が塗られている。一番上の板は、後ろに反り返り吹返しになっている。前庇と同じ様に吹返しは型染の革で覆われているが、真鍮、多分金メッキの四つの四角に真ん中が更に四角く切り抜かれている四ツ目の家紋が中央にある。
前立: 前立ては金に着色された革を型押しでウサギの形にしたもので、赤い目と細部描写が見られる。裏側は赤色。
塗り:兜と喉の保護も含む面皰、胴の胸板・背板は表面が大変艶やな輝く漆塗りで丁寧に塗られている。全ての鉄板(首の保護の部分、肩、袖、草摺り、佩楯)は錆塗りで艶が無い。錆塗りは漆に物を混ぜて古びた様に見える様にする技法。時代により漆には異なった物が混ぜられている。

詳細画像
面頬
I黒く塗られた鉄で、大きな白い口髭がある。内側と上唇は赤。首の保護は3枚 の黒い板が青い組み紐で繋がれているが、一番下の板は複数色の紐が使われ ている。
胴
2つの主部分が左側で蝶番でつながれている、縫延胴(ぬいのべどう)で、革で覆われた鉄板で出来ており、それが輝く茶色に塗られている。各板の上部の縁は波型でそれが紺色の組み紐で繋がれている。胴の一番上は型染の革で飾られている。胸板には二つの真鍮の輪が、花形の台座についている。これは、指揮官の采配と布を掛けるものだ。ボタンと調節金具はメッキされた銅で彫り飾りがある。
草摺: 7つの部分から成り立つが、夫々が5枚の茶色に塗られた鉄板から出来ており、それが紺色の組み紐で繋がれている。一番下の板は、錏と同じ模様に金に塗られた模様があり、複数色の組み紐が一列、赤い組み紐が2列並んでいる。正面の草摺の内側には、形に添って作られた青い木綿生地で角製のボタンで留められるポケットがある。
袖
中型で、7枚の錆塗りを施された板が青い組み紐で繋がれている。一番下は複数色と赤の組み紐が使われている。一番上部の突き出た部分は彫り飾りのある金メッキの銅が輪郭に添って使われている。青い木綿の裏地。
袖
同上
小手・籠手(こて)
錆塗りを施された板で出来ており、鎖帷子で瓢箪型の板が上腕と下腕に、花形の板が肘に付いている。これらが龍模様の錦織の上に付けられている。手は親指部分が離れており、着色した飾り模様と、兜と同じく金メッキされた家紋がついている。

小手・籠手(こて)
同上
脛盾・膝甲・佩盾(はいだて)
各部分は5x25枚の錆塗の板が、紺色、赤色、複数色の組み紐で繋がれている。錦地の上に、細かい模様型染の革がつけられており、裏地は木綿。
脛当・臑当・髄当(すねあて)
縦長の錆塗りされた鉄板で出来ており、中央部分が湾曲している。各3つの縦板が使われている。緑の錦織の上に鎖帷子で取り付けられており、脚の中側は金に塗られた革が使われている。青木綿の裏地。
脛当・臑当・髄当(すねあて)
同上
櫃(ひつ) UEM41988:
甲冑は金に塗られた家紋の付いたオリジナルの箱に入ってきた。