UEM30572 日本の甲冑一式

Close up of a samurai helmet

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この甲冑は、ローアル・アムンゼン(Roald Amundzen)が1927年に日本を訪れた時に贈られたものである。同年、彼はこれを民俗博物館に寄贈した。

この甲冑にいくつも見られる家紋は、2枚の杏子の葉からなり、杏葉紋(ぎょうようもん)として知られている。この甲冑にみられる杏葉紋は多くの家系で使われていたが、最も有名なのは鍋島で、肥前各地の多くの大名に使われていた。杏葉は、また胸板上部の肩紐にかかる部分の小さな防御部分の名前でもある。これは、二枚の杏の葉を合わせた形をしているからである。

この家紋は二つの茗荷を合わせた茗荷紋ともよく似ている。違いは、杏葉紋には葉脈がないことだ。この甲冑が博物館で登録されたときに、家紋は間違って武士階級に人気のある茗荷紋と認識された。「みょうが」を別の漢字で書くと「冥賀」になり、天与の守護という意味になるからである。これは、大変多くの家系に使われており、最もよく知られているのは信濃飯田藩の大名堀氏。そのため、この甲冑はカタログではこの家系のものと記されている。

残念ながら、どのようにアムンゼンがこの家中を贈られたのかの由来はない。彼が民俗博物館で講演をしたときには何の言及もなかった。彼は、日本で天皇家の人も含めて数々の有名人に会った。アムンゼンが航空勲章を授与されたときは、二人の有名な将軍、長岡外史と本郷つなもと(?)に加え、日本の極地探検家の白瀬矗も同席した。これらの人々やほかの人々もこの甲冑の送りてである可能性はある。

Close up of detailed ornaments
UEM30572細部。胸部中央, 両肩のそれぞれに防御の杏葉(ぎょうよう)がある。それぞれの杏葉には中央に真鍮製の家紋(2枚の杏子の葉が向かい合っている)が付いている。他にも、真鍮製の飾りや型染の革の飾りが見られる。写真上下:焦げ茶色の漆塗りの鉄板が薄赤色の組紐で繋がれている。写真の上部は首の保護。写真: ゲオルゲ・アレクシス・パントス(George Alexis Pantos)

兜

兜の鉢は24枚の同じ形をした三角形の板からできている。それらは、一番下の部分が腰巻板といわれる鉄製の輪上の板につなげられている。一番上部でそれぞれの板が、天辺の穴の周りに集まる。これらの板は、金色に塗られ飾りが施されたものと、3枚の茶色の錆塗の板が繋がれたものが、各4対ある。(錆塗は、漆塗りに古びた外観を見せるための施しがされている。)この作りは四方白(しほうしろ)と呼ばれるもので、4部分が白い(明るい)色のためである。金の部分には金メッキされた矢型のかざり篠垂が施されているが、正面には3本、他の3つの部分には2本づつある。これらの飾りは全てそれぞれ5つの小さな釘で留められている。茶色の錆塗部分は全て各5つの目立った釘の頭の飾りがあるが天辺に向かって徐々に小さめになり、頂上で5層の天辺金物に集まる。

兜には、色布と青く型染された革と真鍮の縁のある前庇が付いている。その中央には、3つの鋲と彫り物による菊花と家紋の飾りがある鍬形台が付いている。鍬形台には2本の鍬形の角を象った飾りを差し込む受部分がある。紋章は木製でタチアオイ葉型に彫刻され金で色付けがされている。

首の保護錏(しころ)は、5列の黒く塗られた金属片で出来ており、各列さらに小さな鉄板が淡い黄色あるいは金の組紐で素懸威(すがけおどし)で繋がれており、最下列の板は2重に赤い組みひもが編み込まれている。

上部の板は2枚目まで吹き返しがつけられている。両方の吹き返しには布と青い革で覆われているが、平紐の伏せ組が革と布の堺にありそれが花形の八双鋲で留めている。

吹き返しのそれぞれには、大きなメッキされた杏の葉が2枚向かい合った形の杏葉紋がついている。

兜氏は元々の浮張(うけばり 頭が直接兜に当たるのを防いだ)が残っており、締め紐も最元々付いていたオリジナル。

銘: 兜の鉢には内側に、「雲藩 春田連毎功作」(うんはん はるた むらじ かずいさ/つねいさ)とある。
春田派は江戸中期に出雲、松江の公式甲冑師であった。連(むらじ)は、古い呼び名で僕者(仕える者)の意味。
この甲冑師は、笹間良彦の「新甲冑師銘鑑」の552頁に掲載されているが チャペラー(Chappelear)による“Japanese Armor Makers for the Samurai”には見られない。
 

甲冑一式  (UEM30572) 写真 ゲオルゲ・アレキス・パントス (George Alexis Pantos)
甲冑一式  (UEM30572) 写真 ゲオルゲ・アレキス・パントス
(George Alexis Pantos)​​​

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面頬

隆武面。皺がなく滑らか。取り外し可能な鼻があるが、動物の毛で作られた大きくふさふさした口髭と小さな唇下のひげがある。表面は茶色の細かく自然な錆。内側は赤色。

首の保護は、三枚の茶色に塗られた鉄板で、一番上部の板はやや上に向かって反っている。錏の様に黄色の組みひもで素懸威(すがけおどし)で一組に繋がれている。上部板の複数色の組み紐が縁に沿って下がり一番下の板まで届いている。最下部の板には赤い組紐が使われている。

胴

この胴は最上胴で右側に開きがあり、左側に長い蝶番がある。開いている両側の開く部分と蝶番は小さな板出てきており、胸板と背板に繋がれている。一番上の胸板は青い型染の革で覆われており、細い真鍮の枠があり、残りの胸板は5列からなるが、それぞれ小片が繋がれたものである。(小片は鉄や革が繋がれて大きな板を作っており、本小札(ほんこざね)といわれる。)こげ茶色に着色されており、黄色の組み紐で素懸威(すがけおどし)で繋がれる。上の2列は脇下が動き易いように短く、これらは(ほかの部分と同じように)型染の革と真鍮の縁で覆われている。

背板は胸板と同じようなつくり。胸板も背板もそれぞれ内側の見えないところで革ひもで固く結び繋がれている。背板の中央には総角を結ぶための真鍮の輪があるが、同時にこれが肩保護の袖が乗馬の時にバタつかない様に結ぶ紐を結ぶ箇所でもある。

草摺: 草摺は8枚あるが、それぞれ5枚板が繋がれて出来ており、他の部分と同じように黄色の組紐で素懸威がかけられているが、一番下の板には複数色の紐と2列のとても薄い赤色の紐が使われている。

杏葉: 胴上部の締め紐を保護するもの。[下、6番と7番]

袖

袖は中袖。それぞれの上部に模様付きの布で覆われた真鍮の縁がある板がついている。裏側は青い型染の革。この一番上の板からそれぞれ7枚の鉄板から成る6列が下がっているが、それぞれの板上部は曲がった輪郭。最下部の列は複数色の紐と2列の薄い赤色の紐。

真ん中の列には他の部分と同じように、メッキされた飾りで菊花と家紋による金物が取り付けられている。これらの金物から背板の揚巻の位置でt結ぶ縄があり、それによって袖がバタつくのを防いでいる。

袖

同上

肩保護杏葉

肩上部の固定紐を保護する役目。典型的なものは文字通り杏子の葉の形である。この甲冑のものは四角であるが、杏葉の形跡は家紋の中に留めている。(当館のコレクションでは UMN6233 の甲冑に杏子の葉の形が見られるが、それには真ん中に別の家紋が付いている。)

更に、板は青と黒の模様のついた革にメッキの縁が付いている。それぞれ二つ甲冑へ固定する取り付けがあるが、弓の弦が引っかかるのを防ぐためのもの。

小手・籠手(こて)

籠手は篠籠手で、鉄の板が鎖帷子で繋がれ、全体は茶と金色の錦地に固定されている。上腕には4列それぞれ5枚の四角い表面に筋のある着色された鉄板からなり、全部で20枚になる。ひじ部分は円状の板で中央に真鍮の鋲がある。下腕部分は3枚のやや曲がった形になった板。手は一枚で覆われるが、腕の裏側で留めボタンによって親指部分も繋がって固定できるようになっている。小手に使われている板は全て他の部分の金属と同じようにこげ茶色で着色されている。

小手・籠手(こて)

同上

脛盾・膝甲・佩盾(はいだて)

佩楯は大きく2つの部分からなるがそれぞれ小さい四角い板で、5列各列に22枚使われている。板は端どうしが薄い赤の組みひもで繋がれている。

脛当・臑当・髄当(すねあて)

脛当ては、それぞれ5枚の筋の入った棒状の鉄板でできた篠脛当で、長い3本と短い2本が鎖帷子で錦地に取り付けられている。短い板の下の部分は裏側のなめし革の練革で作られて部分に繋がっており、ここは鐙に当たる部分で鐙ずれと呼ばれる。それぞれの脛当てに二本の締め紐が付いている。上部には、六角形で盛り上がりの付いている立挙(たてあげ)がある。

脛当・臑当・髄当(すねあて)

同上

草履

甲冑には藁草履も付いていたが、これは日常用のものである。

草履

同上

Av ペール・タリエ・ノールハイム 著 ラーシュ・リーサン、アンネ・ホーブー編集 マグヌスセン 矢部直美 日本語訳
Publisert 19. sep. 2025 13:19 - Sist endra 9. des. 2025 18:32